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キャリア

筆者の詳細プロフィールとブログの目的

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Taka(@taka_learnwork)です。
ブログを始めて、今日で一週間となりました。私もブログを見る際はやはり情報の信頼性というのは大切なポイントの一つで、どうやって信頼性を上げるかというのは大切なことの一つだと思います。そこで、今日は筆者(私)の詳細なプロフィールをご紹介させて頂こうと思います。

 

今回はかなりの長文になりますので、時間がない皆さんは下の要約を見てください。そして、もっと興味があると思われたら詳細プロフィールを見てもらえると、私がお伝えしたいことの背景を知っていただけると思います。

 

プロフィール(生い立ち)の要約

  • 福岡県生まれの42歳です。小さい頃は剣道と習字をやっていました。中学では受験で挫折し、努力と結果の関係を体現します。高校は勉強を中心に進め、京都の大学に進学します。
  • 大学では広報誌の編集長として従事すると共にそこで得た、経営者へのインタビューなどを通じてビジネスに興味を持ちます。
  • 2000年に総合電機メーカー(1社目)のインターネット事業部門にビジネスプランニングの担当として入社しました。当初はコンテンツなどの企画を期待しましたが、実際は事業戦略や予算計画などの別の領域で当初は失意の状況でしたが、結果的にはこれが自分にはフィットしていました。
  • 更なるキャリアの高みを目指して、人材総合・情報サービス会社(2社目)に転職を果たすも、自分の実力不足が露呈し、人生二度目の挫折。何度もやめようとするも、何とか5年間勤務した結果、「考える」ことや「当事者意識」をもって仕事をするという、プロフェッショナルとは何かということを体現しました。
  • その後、これまでの経験や書籍中心に学んできた知識を体系的に整理するために、MBAの取得を目指し、苦労しながらも2年間の課程を経て取得。学んだ理論は仕事でどのように実践し、どのように影響するのか、という「理論」と「実践」の双方の作用を身をもって体感しました。
  • MBA取得のタイミングで、「ビジネスプランニング×海外事業」のキャリア軸、MBAで学んだ経営の知識を実際の経営実務で活かしたいと考え、食品製造業(3社目)に転職。3年の経営企画業務、管理職を経て、現在、欧州で販売、生産会社(2社)の取締役として活動しています。
  • このブログを開く目的は、過去の上司の言葉(「自分が受けてきた指導や恩義は必ず、次の世代や他の人を通じて、返しなさい」)ということを40歳を超えた今、キャリアの整理と共に実行しようとするものです。
  • ブログのコンセプトは「過去の自分に対するアドバイス」です。人様に偉そうにアドバイスするのはおこがましいので。
  • 「あなたらしい充実したキャリア」は①質の良い学び(インプット)、②仕事での実践(アウトプット)、③それを支える良質なモチベーションによって構成されると考えています。このブログではこの①、②、③について、できるだけ過去の経験に基づいてお伝えしようと考えています。今はまだ、できませんが、いずれは直接対話を通じて、少しでも深く参考にしてもらえる機会を作っていくことが目標です。

 

 

1. これまでの生い立ち(誕生-大学卒業)

今から42年前に福岡の田舎の病院で生まれました。小さい頃はおばあちゃんっ子でいつも走っている少年だったと言われています。確かに、小学校6年間の間、ほぼ一日も欠かさずにランニングで通っていた思い出があります。小学校時代から剣道と習字を長年やっていたこともあり、健康と礼儀について基礎を学んだことは今でもありがたいです

 

中学は地元の公立中学校に通いました。中学では学業よりもゲームを優先してしまう、優秀な学生ではありませんでした。それもあってか、高校受験で初の挫折をしてしまい失意を経験、初めて努力と結果の持つ関係の意味を経験しました。高校も同様に福岡の私立高校に通うことになりましたが、努力と結果の相関を認識した成果、苦手だった英語を中心に青春時代の一部を犠牲にしながら勉強に打ち込みました。男子校で恋愛からも遠い環境でしたのでその点ではよかったのかもしれません。そして、大学は京都の大学へと進みました。

 

大学では経済学を学ぶと共に大学の広報誌の編集長として取り組みました。広報誌の編集は学外のパートナー(ライターさんや印刷会社の方々など)との取り引き、さらに様々な経営者へのインタビュー記事が有名な広報誌でしたので多くの社会人の方々と接する中でビジネスそのものに興味がわいた4年間でした。思い出深いのは当時のApple Computer日本法人(その後、日本マクドナルド、ベネッセへ転身)の社長だった原田泳幸さんへの単独インタビューなど経営者から直接お話を伺えたことです。その影響、さらに当時(1999年ー2000年)は非常に厳しい就職氷河期ということもあり、就職活動には熱心に努めました。某有名素材製造業へのサマーインターンへ応募し、約1か月という期間でしたが訓練を受ける機会を得たことは大きかったです。

 

当時は第一期とも言えるインターネットバブルの最中で当時、自作の名刺を(貧弱だった)ネットで売るという半分お遊びのようなネットビジネスをやっていましたので、就職先はWeb関連の業界を志望、何とか某総合電機メーカーのインターネット関連部門の席を得ることができました。

 

2. これまでの生い立ち(社会人として>>1社目_総合電機メーカー 8年間勤務)

こうして、希望通りの会社には入社し、インターネット関連部門のビジネスプランニング部門(事業企画部)に配属。プランニングと聞いてやりたかったコンテンツ企画ができると思いきや、職種はなんと事業戦略、事業計画ということで、コンテンツ企画よりも予算計画や事業そのものの戦略を立案する部門でした。当時、数字疎く、戦略という言葉もろくに理解していない私にとっては失意を覚える配属結果だったと記憶しています。

 

ただ、結果としてこの数字を中心とした事業企画業務は非常に自分に合っているということが分かりました。能力は別として潜在的な適合性を見抜いたかどうかは分かりませんが、やはり人事は只者ではないなと思った記憶があります。ここで、私のキャリアの基礎ともいうべき、ビジネスプランニング(管理会計を中心とする事業戦略立案)との出会いとなりました。

 

当時は国内のインターネット事業(サービスプロバイダー事業)のビジネスプランニングということでかなりドメスティックな事業でした。実は入社した当初からいつかは海外で仕事がしたいと漠然とした思いがあり、いつも会社から見える遠い羽田空港から飛び立つ飛行機を見ては海外で仕事をする自分をイメージし、どうやったら海外事業に関われるのか、と実現手段を考えていたのを思い出します。

 

そこで目を付けたのが社内人材公募制度でした。ただ、当時は留学などの海外経験は皆無、体系だった英語学習も熱心にはやってきていませんでしたのでTOEIC550点前後で合格は厳しいとは思いながらも自分を売り込んだ結果、何とか合格することができ、海外関連会のビジネスプランニング支援業務の担当者として新たな機会を得ました

 

ただ、英語力に関してはTOEIC550点で半人前としてですら結果を残すことは不可能で危機感と共にそこから英語を体系的かつ継続的な勉強を始めたのがこのころです。遅々として向上しない能力不足に不安といら立ちを感じる日々でしたがとにかく継続することしかできませんでした。3年程度の学習の末、TOEICは800点を超えるようにはなっていたものの、当時、英語は私にとってはまだSpecialな存在であり、現在のように空気のような存在ではなく、とにかくコンプレックスの中心でした

 

海外事業では欧州(本部ロンドン)から始まり、北米、南米と様々な地域をローテーションで回り、色々な国の仲間たちとの出会いがありました。特に南米担当の際はこれまでに考えもしなかった国々(アルゼンチンとかチリとか)を訪問し、現地のローカルの仲間たちとの出会いは価値観を揺さぶられるとともに刺激的な毎日でした

 

このころから、ビジネスプランニング(事業戦略・管理会計)×海外事業という二軸を持つというゴールを達成できたと認識した私は次のステップを目指すようになります。

 

3. これまでの生い立ち(社会人として>>2社目_人材総合・情報サービス 5年間勤務)

これまで総合電機メーカーで「ビジネスプランニング(事業戦略・管理会計)×海外事業」の2軸の骨格を得たと思った私は、これをもっと骨太にしたい、強い筋肉をつけたいと思い、次の修業の場を求めました。そして出会ったのが2社目の人材総合・情報サービス会社でした。その会社は日本でもかなり有名な人材輩出会社でも有名です。就職メディアをはじめ、総合人材サービス事業を起点に転職、人材派遣サービス、飲食店や美容といった情報サービス、現在ではスタディアプリなど教育分野でも有名な会社です。

 

当時、この会社では海外事業展開が本格化しつつある時で、海外事業をどうマネジメントしていくか、経営と事業の運営の仕組みを構築している途中でした。私は前職での海外事業経験をもとにこの領域で貢献したいと考えていました。

 

と当初は考えていたのですが、この考えが甘かったことに入社一週間目で気づきます。中途入社、新卒入社の社員共通して非常に優秀な人たちばかりで多少、経験を積んできた自分では全く歯が立たない状態でした。いきなり、壁に突き当たり、会社の期待にも応えられず、価値も生み出せず、ただただ、悩んでは絶望する毎日でした転職は甘くない、自分を過大に評価してはいけない、優秀な人は数えきれないくらいいるという当然のことを転職の後に体現することとなりました

 

もともと転職の際にやろうとしていたことはやれなくなり、部署異動することとなりました。異動先は経理財務部門です。当初はすぐに次の会社に転職することも考えましたが、ここで逃げては恐らく同じループの繰り返しになるという危機感があり、辛いのを覚悟で残ることにしました。

 

この会社のすごいところはどの部門、どのグループでも徹底的に考えることが求められます。普通の会社であれば、絶対に疑問を持たないことにでも、「なんで」と問われ、それに対して「あなたはどうしたいのか」という当事者意識を徹底的に求められます。結果的に5年在籍することになりましたが、この期間を通じて、「考える」こと「当事者意識」をもって仕事をする、ということを体現し、学ぶことができました

 

当時は辛い以外に思い出はなく、実際に辛かったのですが、今ではこの機会に感謝しています。

 

4. これまでの生い立ち(社会人として>>MBAの取得 2年間)

人材総合、情報サービス企業での自分の至らなさを痛感した私は考えることの重要性を学びました。過去そしてこの会社の在籍中に、多くの自己啓発書、ビジネス本を読み、学習してきていました。書籍から学べることは本当に大きく、少なからず自分の基礎を作ってくれた大切な習慣です。ただ、これまで読んだり、学んだしたことは断片の知識であり、それを総合的、体系的に学びなおすことで知識の土台をさらに強くできるのではないかと考え始めました。

 

その時に出会ったのがMBAです。当時、私はグロービスのMBAシリーズを全巻揃えて読んでいましたが、MBAならば感じていたニーズを満たすことができるのではないかというのがきっかけです。あいにく、海外留学をしてキャリアを中断することは困難であったため、国内MBAをターゲットにして、事前審査のための準備(研究計画書、英語試験、思考試験)を進めました。

 

その結果、早稲田大学ビジネススクール(MBA:大学院経営管理研究科)に入学の許可をもらうことができ、2年間学業生活が始まります。MBA過程では非常に多くのことを学べました。これまで知識として知っていたことについても、学術、ビジネスに精通した素晴らしい教授の方々の知見を深く学ぶとともに、会社派遣や自費入学者も含めて、周りはビジネスの経験を多く持った人々でした。そのため、学んだ理論は仕事でどのように実践し、どのように影響するのか、という「理論」と「実践」の双方の作用を身をもって体感することができ、非常に有意義な2年間でした

 

MBAにはもう二ついいことがありました。その一つはやはり、仲間との出会いです。当時私は36歳でしたが、上は40歳台中盤、下は30歳位と世代を超えて学びあえる場があります。ゼミ生はオリジナリティがあり、いわゆるその会社のエリートと呼ばれる人が多かった気がしますが、気さくで彼ら、彼女らからリーダーシップとは何かということも教えてもらった気がします。

 

もう一つは、「考えること」は純粋に楽しいと思うようになったことです。早稲田ビジネススクールはユニークでMBAの学位をもらうために研究論文を書かなくてはなりません。当初は面食らいましたが、統計を駆使し、考えに考え抜いた経験は自分の中の違う側面を掘り起こしてくれた気がします。

 

5. これまでの生い立ち(社会人として>>3社目_食品製造業 国内勤務 3年間勤務)

MBAの取得が見え始めたと同時に、これまでの軸(ビジネスプランニング×海外事業)に加え、MBAで学んだ経営の知識と共に実際の経営実務をやってみたいという思いが強くなってきました。これを実現するために国内の食品製造業に経営企画担当として転職しました。

 

この会社はマーケティングに強いとされている企業で個性的な面もあり、素晴らしい会社です。3年間は国内で全社中期計画の策定や新たな経営管理の仕組みの導入、海外法人の経営支援として事業戦略を立てたり、ファイナンシングなど半分ハンズオンで支援してきました。ここでの経験もユニークで、中東(トルコ)に始まり、アフリカのいくつかの事業にも参加し、出張を通じてですが、世界の広さ、複雑さを知ることができました。世界は広く、複雑で、面白いと思います。

 

そして、管理職となり、3年を経過した時点で欧州に出向き、2社の取締役としてハンズオンでの経営に携わることになります

 

6. これまでの生い立ち(社会人として>>3社目_食品製造業 海外勤務 3年目)

これが現在の私の立ち位置です。欧州の二か国にある販売、生産会社2社の取締役として、経営企画、経理財務・ファイナンス、人事、資材購買、IT他と主にコーポレートファンクション中心に経営業務に従事しています。合計すると数百人規模の会社であり、これまでそこまでの大規模な会社の経営の経験はありませんので、毎日が刺激的で、ここからも多くのことを学んでいます。

 

特に知識とは知っている、リーダーシップの領域については実践での運用は非常に難しいと感じています。私自身の未熟な人間性の発展も更に必要ですし、相手は意思を持った人の集合体ですので、静的な理論とはまた違ったダイナミクスがあります。ただ、これまで学んできたこと、考える(問題解決)の技術や経験を通して、何とかこれを乗り越え、みんなと共に会社を正しい方向に導き、幸せをもたらす、骨太の経営者になることを目指しています

 

これからも一生、学び、仕事で実践し、失敗し、フィードバック、さらに実践というサイクルは回り続けると思います。それが私の人生の基本サイクルです。

 

 

7. このブログを開設し、情報発信をしようとした目的、思い

これまで、ずいぶんと多くの人に助けられてきました。若い頃は自分で何とかする、できるなどと思いあがっていた時期もありますが、あれは誤りです。成長するには素直さが大切と言われますが、思いあがっていてはせっかくの成長機会が奪われ、成長が鈍化するのは目に見えています

 

私には尊敬する上司もこれまでに何人かいて、その方の一人が言われていたのですが、「自分が受けてきた指導や恩義は必ず、次の世代や他の人を通じて、返しなさい」というものでした。当時はぴんと来なかったものですが、40歳を超えてその意味、本質が少しずつ分かってきました。かつ今はこのようにブログもあり、恩返しできる機会が多いという恵まれた時代にいます。であれば、この機会を積極的に活用させてもらおうというのがそもそもの発端です

 

このブログのコンセプトは「過去の自分」に対するアドバイスするとういことで書いていく予定です。正直なところ、人様に上からアドバイスできるほど、人間的にも成熟していませんし、世の中には驚くほど、優秀な方々は数えきれないほどいるという事実が背景にあります。ただ、過去の自分のようにもの凄く悩み、挫折を感じ、それでも頑張りたい、という人がいて、一人でもいいのでささやかな後押しとなったならば、このブログの目的は達成できるのではないかと考えています。

 

「あなたらしい充実したキャリア」は①質の良い学び(インプット)、②仕事での実践(アウトプット)、③それを支える良質なモチベーションによって構成されると考えています。このブログではこの①、②、③について、できるだけ過去の経験に基づいてお伝えしようと考えています。今はまだ、できませんが、いずれはこのような方々と直接対話して、少しでも楽になってもらえるような機会を作っていくことが目標です

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